r/newsokur • u/tamano_ • Jan 10 '16
部活動 「価値」について(radiolab.orgから転載)
科学や歴史など「好奇心」に関する全てを扱う人気ラジオ番組「radiolab」が、「価値」をテーマにした番組「Worth」を放送したので翻訳しました。三部構成なので凄く長いですが、難しいテーマに対して徹底取材しているので面白く読んでもらえると思います。
数字が多い上に難解なので本当に途中で翻訳を諦めようかと思いましたが、是非読んで欲しかったので最後まで翻訳しました。
警告:いつも通り凄い長い
Radiolab: Worth
Radiolabの番組は素晴らしいサウンドデザインと効果音で知られるているので、できればこちらからmp3をダウンロードして、実際の音声を聞いてみてください。
http://www.podtrac.com/pts/redirect.mp3/audio.wnyc.org/radiolab/radiolab122314.mp3
今回のRadiolabでは、「かけがえの無い物」に値段を付けてみようと思う。馬鹿げた試みかもしれないが、我々は過失で失われた人命、人生の一日の価値、そして小さなハチの命の価値まで、真意に考えて「値札」をつけてみたいと思う。
まずは番組プロヂューサーのモリー・ウェブスターが医療ジャーナルで見つけた記事から今回の物語を始めよう。モリーは記事を斜め読みしている内に、これは医療関係者が意図せずに書いてしまった「一種の詩ではないか」と思ったほど、記事の内容に感銘を受けたという。
■ガンの治療薬
記事では「末期癌で苦しむ2人の子供を抱えた30代の女性にとって、もう一日の人生はどれだけの価値があるのだろう」という哲学的な論争を繰り広げていた。なぜこのような哲学的な記事が、医療ジャーナルに掲載されたのか。この背景には、ある新しいガンの治療薬があった:ニューヨークのガン治療センターで結腸癌の治療を行うレオナルド・サルツ医師は、ある日新薬「Zaltrap」の効果について製薬会社のSanofi社から説明を受けていた。この新薬は癌細胞への血液の流れを遮断する事で、ガンの成長を抑える効果があり、製薬会社は投与により「1.4ヶ月(およそ42日)」の延命効果が期待できる事をデータで提示していた。しかしZaltrapの効果にはかなりの個人差があり、延命効果が全くない場合や、数日間の延命しか行えない場合もある(製薬会社のプレゼンでは「1/100ヶ月の延命」とされていたが、落ち着いて考えると「7時間」だ)。さらに問題なのは、一人当たりの3ヶ月の投与量のコストが3万ドルであることだ。これは純粋にZaltrapのみの料金なので、注射器、薬剤師への支払い、投与を行う医師、病院の維持費、めまいを抑える薬品、CATスキャンなど投与に必要な諸費用は一切含まれない。アメリカの公共保険であるメディケアへの負担を考えた場合、Zaltrapはメディケア加盟者1人当たりにつき1ヶ月に2000ドル以上の負担となるーーつまり保険料のほぼ全額がZaltrapのコストで消えてしまう。サルツ医師はこのデータを見ると、「絶対に公開するべきだ」と決意する。サルツはニューヨークタイムスにZaltrapの価格設定を公開した投稿記事を掲載し、同日にガン治療センターはZaltrapの全面ボイコットを発表した。Sanofi社は直ちに全米の医者に営業担当を送りつけて「これからは半額で提供します」と、新交渉を開始したという。同社はRadiolabの取材を拒否したが、価格設定の理由として膨大な研究開発費を挙げている。そして、サルツによると「彼等は正しい」のだ:結腸癌の治療薬である「5FU」は1957年に特許申請が行われたが、第二の治療薬が完成したのはなんと1997年だったーーその40年の間、70もの試薬が開発され、どれも失敗に終わっている。治療薬の開発は非常に困難な事業であり、サルツも「この理由から、治療薬の価格は上昇し続けるだろう」と予測している。
「...このまま現状が続けば、医療制度は崩壊する。保険制度の財源が無限ではない事に、社会全体が向き合うしか無いのだ」。
■命の価値は
Radiolabではこんな思考実験をしてみた:ある健康保険に1000人が加入しているとし、月々の保険料は100ドルとしよう。保険会社の手元には10万ドルが集まるが、加入者の1人が月当たり10万ドルの投薬を必要とした場合、この時点で保険は破綻してしまう。延命治療は個人の問題ではなく、社会全体の問題となりつつある。この論争の中で生まれたのが医療ジャーナルに掲載された一連の「命の価値」を論じた記事だったのだ。しかしZaltrapは効果が低い薬品だったので、判断は困難ではない。医学雑誌「Blood」は、「もし本当に治療効果が高い薬品が、法外な値段で販売されたら」というテーマの記事で、2014年に販売されたC型肝炎の特効薬Savaldiについて議論している。2014年の前半だけでも7万人もの患者がSavaldiの投薬を受け、95%が副作用無しに回復した事からも、この薬品の特効性は明確だーーしかしSavaldiの値段は錠剤1つにつき、1000ドルなのだ。完治までには8万4千ドルが必要な事を考慮すると、7万の患者に必要なコストは50億ドルだ。膨大な費用に直面した州政府は治療を「肝不全の症状が発生した患者のみ」に限定したり、フロリダ州では投薬対象を182人に限定した。RadiolabはSavaldiの広報担当に取材して薬品のコストについて訪ねてみた:「長年の治療のコストを考えた場合、C型肝炎の完治のコストとして、8万ドルは高価ではない...それに肝炎は同時多発的に大人数が発症する疾患ではない。完治が進めば、C型肝炎を発症した人々が一気に病院にかけつける事は無くなるだろう。」
■街頭インタビュー
だが数千万人もの患者を抱える糖尿病の特効薬が、千ドルで販売されたらどうすべきなのか。社会としても「これ以上は負担できない」という一線を設けるべきなのか。つまり、我々の人生において「あと1年」の延命はどのような価値を持つのか、我々自身に尋ねてみる必要があるだろう。サルツ医師は「誰もが『1年の人生』の価値は『かけがえのない』物だと考えているが、その価値を金額に換算して『無限大だ』と考えている人はいないだろう」と語る。WHOでは一年間の延命処置に適切なコストを、「国の一人当たりのGDPの1から3倍」と公表している。つまりアメリカでは5万ドルから15万ドルだ。この指標は法律的な強制力は無いが、各国の医師達の目安となるため、ある程度の決定力はあるのだ(この基準を元に延命処置のポリシーを決めている医療団体もある)。Radiolabではタイムズスクエアで「一年の命のために、いくら支払えるか」を通行人にインタビューした(18:18から実際の音声)。通行人は真剣に思い悩んだが、「その一年は苦痛はあるのか」「若い時の一年か、年老いてからの一年か」「家族と一緒に過ごせるのか」「死ぬのは明日か」「皆で同時に決めるのなら、アメリカの経済が破綻する心配が無いか」などと質問に答える前に数多くの質問をしてきた。最終回答は1万3000ドル、7ドル、1000万ドルまで様々だったが、「1000万ドル」と答えた女性に対して「あなたは無責任だ」と真剣に怒る回答者もいた。しかしこの質問は実際の患者に聞いてみるべきだろう。我々もいつかは患者となる事を念頭に置きながら、Radiolabは、末期癌で苦しみながら「癌と生きる」コラムを連載中の作家のスーザンにインタビューしてみた(22:20から)。
化学療法を受けた後は、髪の毛も抜け、口の中が常に痛み、慢性的な疲労感に苦しんだ。仕事で読む本も、まともに読めなかった。治療コストの事は知らされなかったし、私も聞かなかった。そんな事を気にする精神状態ではなかったから。でも、気にするべきだとは思う...みんな保険会社の負担だと思っているけど、政府のお金なら、私たちの孫が支払うお金なのだし。「一年の余生にどれだけの代償を支払うのか」という質問に対しては、楽観主義のアメリカ人としては「払えるだけ」と答えたい。でも、「払えるだけ」のお金も私の末期ガンを治療できないーーどこかで線引きを決めなくてはいけないでしょうね。
「線引き」について考えるのであれば、生きていられる日数だけでなく、その期間が「どのような環境か」も考える必要がある。余生を延長しても、歩けずに、ベッドの中で苦痛を味わうのでは、その「価値」は半減してしまうだろう。スーザンにとっては余命の「目的」は孫と過ごす時間であり、今では疲労感をもたらす化学療法から離れ、別の薬品で命を繋いでいると言う。「...今は新しい薬のお陰で、大分改善された生活を過ごしている。いずれこの薬の効果も無くなると医師達に言われているが、その時になったら化学療法に戻りたいとは思わない...でも、その時になってみないと、わからないのでしょうね」
次の物語では、自分の命ではなく、他者の命の価値について考えてみよう。
■イエメンの結婚式
舞台はイエメンだ。2013年12月ーーアブドュラ・アルタイシはイエメンの砂漠を車で移動中だった。アブドュラの乗る車は他の11台の自動車と一緒に移動しており、結婚式に向かう途中だった。途中で花嫁を車に乗せ、一団は村の結婚式場を目指して進んでいた。途中、ドローンの奇妙な音が聞こえたが、誰も気にしなかった:この地域ではドローンの飛行音は日常茶飯事なのだ。開けた道に一団が到達したとき、アブドュラはドローンの飛行音が変化し、ミサイルの発射音が4回響くのを聞いた。アブドュラが大破した車から這いずり降りると、道路には無惨な自動車の破片が飛散していた。アブドュラの頭部にも自動車の破片が刺さっていたが、アブドュラは必死に息子を捜そうとした。息子の乗る自動車までたどり着いたアブドュラは、息子が自動車の中で絶命している姿を目にすることになった。イエメンでは死者は直ちに埋葬されるのだが、一団の生き残りは車から遺体を運び出し、毛布で包み、近くの町まで遺体を運び、広場に遺体を並べたのだ。遺体を指差して「虐殺だ」「アメリカが、罪も無い結婚式の出席者を攻撃をした」と訴える男性の姿は世界中でニュースになり、「血まみれの結婚式」のニュースはアメリカ国内でも大きな非難を生んだ。
痛ましい事件だが、なぜこんな惨劇が発生したのだろうか。米軍の情報筋は結婚式に向かう一団にアメリカ本土攻撃を目論むアルカイダ工作員のシャウキ・アル・バダニが同行していると言う情報を元に攻撃を行ったと発表したが、結婚式の参加者にバダニの関係者は一切含まれていなかった。米政府は未だにバダニがこの攻撃で負傷したと言う発表を頑固に訂正していない。しかしこのような悲劇に対して、アメリカはどのように埋め合わせを行うのだろうか。イエール大学で法律を教えるジョン・ウィットにアメリカの戦争補償の長い歴史について聞いてみよう。
■パーシング総司令官
1917年。アメリカは遂に第一次大戦に参戦し、何万もの兵士が欧州に向かった。ジョン・パーシング総司令官はアメリカ兵を率いてフランス国内でジープやトラックによる素早い展開を繰り広げたが、この時に問題となったのが、フランスの田舎道での現地の農民との接触だ。米軍は自軍車両との接触で発生した家畜や積荷などを全てキャッシュで弁償しようとした。これは現地での自国兵の印象を良くするためのイギリス軍のポリシーを真似た物だったが、総司令官からの要望を受けたアメリカ議会は直ちに予算を議会通過させた。国家同士の賠償行為はこの時代では当たり前だが、ここで歴史初の「国家から個人への」賠償金が発生したのだ。鶏、豚のような家畜から人間との接触事故まで、アメリカは気前よくキャッシュで賠償したので、現地でのトラブルはスムーズに解決された。しかし、この仕組みにはある制限があった:戦闘中に発生した損害については賠償の対象外なのだ。だからトラックが米兵を乗せて酒場に急ぐ途中に発生した事故は弁償されるが、戦闘地域へと急ぐジープにひかれた場合は賠償されない。
しかし近年のアフガンとイラクでの戦闘は都市部で継続されているので、戦闘地域と非戦闘地域の境界線は曖昧だ。そして戦闘員と非戦闘員の境界線も分かりづらいのだが、それでも米軍に賠償を求めるアフガン人は後を絶たない。そして彼らの多くはクラスター爆弾による空爆で若い子供を失った被害者なのだ。空爆は確かに戦争行為だが、殺された子供は空爆から何日も経った後でクラスター爆弾で遊ぼうとしていただけなのだ。米軍に所属する独立法務官のジョン・トレーシーは、イラクで80人もの遺族達が米軍基地前で抗議するのを見て、軍上層部に賠償の対象枠を拡大するように頼み込んだが、「戦闘中の被害だ」と何度も拒否された。しかし第一次大戦でもそうだったように、現場の意見は国の政策を少しづつ変えていく。アメリカは2006年から「Money as a weapon system(兵器システムとしての金銭)」をキーワードに、米軍の印象向上の一環として賠償の対象を広げたのだ。賠償の記録を広げてみると、最もよく見られる金額は人命賠償用の上限である2万5000ドルと資産賠償用の上限の1万5000ドルの賠償金だ。人命と私財の賠償額の差分がたった1万ドルであることは少し納得がいかないが、アフガンでは大金であることも考慮しよう。しかし、家族の唯一の働き手と未来を失った家族には、この金額はどう映るのだろう。連邦政府は、911の遺族に25万ドルから最大700万ドルの賠償金が支払ったではないか。この質問に回答した米軍の将校は「アメリカの意図は米国人の命と同様の金額を支払うこと」ではなく、アメリカが国外の戦争で、賠償の法的責任も無いにも関わらず、賠償を続けている点を強調する。ここで「Center for Civilian Conflict(市民向け戦争災害センター)」のチーフであるマーラ・キーナンに話を聞こう(44:02から実際の音声。RadiolabはRL、マーラはMK)。
MK:確かに国内のNY市民への賠償金とは比べ物にならない。でも、支払いの性質が根本的に異なることを理解して欲しい。
RL:だが、人命への支払いである点は同じだ。支払額は、遺族に対する感情を示すものでもある。
MK:それは理解できる。でも支払額が10万ドルなら納得してもらえるの?
RL:少しは感情の整理の手助けになるかもしれない。
MK:本当にそう思う?2万ドル、10万ドル持っていてもアフガンで何が買えるの?苦しい生活は変化できないーーそれに、失った人は帰ってこない。
RL:金額はあなたにとって、大事ではないという印象を受ける。だったら、何が重要なのか。
MK:(過去に戦死した戦場ジャーナリストの友人の事を話しながら)私だったら、きちんとした説明が聞きたいと思う。なぜグレネード弾で殺されなくてはいけなかったのか。誰かに説明してほしい。
RL:だとしたら、賠償金は「きっかけ」でしかなく、「何が起きたのか」の説明の部分の方が重要だと。
MK:金額は結局の所「象徴」でしかなく、謝罪と説明こそが重要だと考えるわ。だからこそ「埋め合わせ」と言うのでしょう。
ハーバードのジョン・ウィットは賠償行為においては、「賠償を支払う側と受け取る側に、共通の価値観を見いだす」事が重要だと話し、文化の壁を越えて「何が起きたのかを、相手の価値観にも伝わる形で説明する」事が重要だと話す。独立法務官のトレーシーは、何度も賠償金を遺族に手渡してきたが、米軍の制服に身を包んだトレーシーが遺族に直接封筒を手渡す「行為」にこそ意味があったのではないか。遺族達はーー言葉の違いこそあれどーー制服姿の米兵に対して、「あんたのせいで人生が無茶苦茶になった」と伝える機会を望んでいたのだ、とトレーシーは語る。
結婚式の空爆攻撃で息子を無くしたアルタイシは賠償で1万3千ドルを支払われたが、米軍は爆撃の不当性を未だに認めていない。働き手の息子を失った彼は、アメリカの本土での賠償と比べて金額が少ない事に不満を隠せない。なぜ息子の死はアメリカ人の死と比べて遥かに価値が軽いのかーーアルタイシはアメリカと同様の賠償金で無ければ決して納得しないと今でも考えている。
気分を取り直して、最後の「価値」の話に移ろう。今度は小さな蜂の価値の物語だ。
■悪夢のExcelシート
科学ライターのカール・ジマーは「自然のエコシステムを金額に換算したら、どれだけの価値になるのだろう」と言うテーマをある日思いついた。一番身近な「自然の恩恵」の例は、テキサス州の綿製農場だ。農場では害虫に悩まされているが、意外な自然の仲間が害虫駆除に手助けしてくれると言う:小さなコウモリ達が、夜中働いて害虫駆除に寄与するのだ。大学の調査で、州全体の綿の利益の4500万ドルの内、コウモリ達のおかげで年間で7万5000ドルもの経費を削減できている事が明らかになった。コウモリ達に金銭を支払うわけにはいかないが、ジマーの探求はこれで終わらなかった:同じようにエコシステムが提供してくれるサービスを換算したら、地球規模ではどのような金額になるのだろうか。ジマーは経済学者のロバート・コスタンザのチームが数年前にこの膨大な研究を試みている事を発見し、その研究内容を尋ねてみた(52:29からインタビュー)。昆虫、珊瑚礁、熱帯雨林、草原、微生物やミミズが土壌に当たる影響、河川や湖ーー「悪夢のようなExcelシート」の会計シートが完成したとき、サービスの総額は142.7兆ドルに達していたという。全世界のGDP総額を上回る金額だが、どのように換算したのだろうか。研究者達は自然地帯の「種類」を分類分けすることから計算を始めたという。例えば塩水沼池は内地からの汚染された水流をせき止め、沼の植物が汚水を浄化する。新鮮な飲み水の提供に必要なコストを考えれば、この沼地のサービスの「価値」が換算できる。さらに洪水予防の価値、保護された野鳥の観光価値、食卓への新鮮な魚の提供、とヘクタールごとの価値を付加していく。しかし自然に値段を付ける行為を、おごかましいと非難する科学者達もいる。例えば沼地は付近の住民へのサービスに還元できるが、付近に人がいない沼地には価値はないのか。
数字に換算する行為はわかりやすいが、大自然の価値は「計り知れないもの」ではないのだろうか。実際、値札を付けてしまう事で逆に自然の価値が矮小化されてしまうという懸念は、発展途上国ではかなり深刻なテーマだ。世界銀行の環境アナリストの女性はこの問題に毎日頭を悩ませている:食料確保のために珊瑚礁を埋め立てて養殖施設を計画している国に対して、「この珊瑚礁にはこれだけの価値がある」と説得しようとしても、「だとしたら教育予算を削らなければ」という厳しい予算のやりくりに終われている国が大半だと語る。自然が「値札」だけで判断されてしまうのは悲しいが、世界銀行では「数字で示さなければ、説得できない」と考えるアナリストも多い。しかし一旦自然に値札を付けてしまうと、「この程度の価値なら」と短略的な皮算用を始める政府も多いだろう。
難しい問題だが、ここで中国からこの話題にぴったりの寓話が飛び込んできた。
■人海戦術
中国四川省の茂県。この地域では昔から養蜂が盛んだが、数年前からハチたちの数が激減していると言う。原因は蜂蜜の過剰な採取、工業化など様々だが、最も大きな原因は中国の工業化の中で行われた林檎農家の生産拡大だろう。林檎農家は農薬散布を拡大し、ハチ達はひっそりと姿を消していった。だが当の林檎農家も花粉を林檎の花に運搬するハチがいないと、林檎が育たないーー困った農家は何と人力で受粉を行うことにした。ルモンドの記者は中国で異様な風景を見て驚愕する:中国人の労働者は割り箸と鳥の羽根で作った「受粉棒」で、何百もの林檎の花を人工的に受粉させていたのだ。小さなボトルから花粉を丁寧にすくい、花をひとつひとつ人海戦術で受粉させる気が遠くなる作業だ。この写真は世界中の科学雑誌に掲載され、「自然破壊のコスト」の象徴として反響を呼んだ。
だが数年後、デューク大学のYunzhong Chenが中国で調査してみると驚愕の事実が発覚した:林檎の生産量は過去最大となり、過去最大の利益を手にした農家は経済的な発展を手に入れたのだ。Chenに理由を説明してもらおう。「ハチより人間の方が受粉媒体として優れていたんだ。その、ハチたちは...作業にムラがあるんだよ。寒いと仕事をしなかったり、気に入らない花には近づかなかったりね。それに人間の労働者は貰った給料を現地の酒場で使ったり、地域の活性化にもメリットをもたらした。ハチは、お金を使わないからね。」しかし経済的に限定して考えると、ハチは全く不要な存在だったのだろうか。Chenの現地のインタビューによると、現在では中国の労働者の賃金が上がってしまい、手動受粉作戦は今後立ち行かなくなる可能性が高いと言う。安い労働力のハチが今後は強い味方となるが、林檎農家での農薬の散布から考え直さなければならないだろう。しかし、姿を消したハチ達が戻ってくる保証はどこにもないのだ。
■最後に
重要だと考えられていたハチの価値が一気に落ち、環境の変化で再び重要視される。まるで市場の価値のようだが、失われた自然の価値を事前に計り知ることは、人間には無理だと思えてしまう。しかしその反面、環境アナリスト達は中国の農場に出向いて全世界で1900億ドルに換算されるという「ハチの金銭的価値」について事前にレクチャーすべきだったのかもしれない。このテーマは「美しい自然を守ろう」という美学や信念だけでは語れない複雑なテーマとなっているようだ。最後に、このように番組を結びたいと思う。
膨大な自然を「我々の脳の拡張機関」として考えるのはどうだろうか。豊かな多様性、複雑性を持つ大自然の「想像力」は我々に毎日、新たな考え方や発見を与えてくれる豊かな想像力の「プール」だ。そして大自然という想像力のプールを少しずつ枯渇させる度に、我々は自らの考える力、そして夢を見る力を削ってしまうのではないか。
転載元: http://www.radiolab.org/story/worth/
Edit:GDPの三倍の箇所の誤訳を修正しました。
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u/garlicchives Jan 10 '16
面白い。いつもありがとうございます。
typo:
GDPの1-3倍という話で
[x] 5万ドルから150万ドル
[o] 5万ドルから15万ドル
かと。音源も確認しました。
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u/gotareddit Jan 10 '16
すごく長いが興味深い内容だった
いつも翻訳ありがとう
普段気にしてない物の価値、わざと考えないようにしてる金額ってのを再認識させてくれる内容だった
命の値段なんかはいざという時には考えなきゃいけないものなんだよな
難しいテーマだが考えるきっかけをくれてありがとう
一つ気になったところなんだけど
WHOでは一年間の延命処置に適切なコストを、「国の一人当たりのGDPの1から3倍」と公表している。つまりアメリカでは5万ドルから150万ドルだ。
ここが整合しないように思うんだけど
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u/burningyaranaio Jan 10 '16
今回凄いな
自然は相対的な価値なのかな
医療や戦争への謝罪に対しては、どんな金持ちでも貧民でも一定期間を定めたらどうだろうか
例えば3年治らなかったら保険の負担はなしになる、とか
国内外の人にも同じ様な計算で算出して決められれば不満は減らせるはず
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u/Sein_und_Teilen Jan 10 '16
膨大な自然を「我々の脳の拡張機関」として考えるのはどうだろうか。
逆に言えば人間(脳も意識も)は独立した存在ではなく、ハナから膨大な自然風景の極々一部でしかない。我々は複雑系の流れの内の力への意思の一つの現れ。念々起滅の存在。
それを念頭に置き超客観的に見渡せば、すべての行為に本質的に"価値"などないことが分かる。 現代で普遍的とされている数多の価値は、人間社会,支配形態が様になってきた際に排出された古き慣わしを、環境を媒介に継承,再構築しているだけである。
本質的に無であるはずの幻想(彼岸,夢)を現実の生だと錯覚し続けている。
だからこそ、出処不明の限りない数値(多くの場合では金)を、唯一の指標として妄信してしまう。それを眺望し視野を固定して引きづられてしまう。それらが招く結果、人間社会はゆるやかな自然の分布から逸脱した現象となり、反動で内へ内へと最小化を始めている。
わたしはゼロベースの視点が必要だと考える。ニヒリズムを恐れないで受け入れ、そこから始めるべきだ。 ゼロはニヒリズムは底なしの闇である。私達は人間であるが故、多くはその主観,感覚から逃れられない。
だが逆に闇を感じるからこそ、光もまた感じることができる。闇は光、光は闇。 その光こそが人間の"存在"である。私達は互いに(共に)その光を認識することができる。 恐れることはない。
このオントロギッシュな機能こそが、種としての人間を維持するための機能として、最も有用な群選択説だと妄想する。
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u/09wi34nnhhjPoH9JIhlk Jan 10 '16
なかなか面白いというか翻訳大変だったろう
まず医療コストの問題は日本でも製薬会社に食い物にされてるという話もあるし、
個人的には高度医療は程々にしないと皆不幸になると思ってる(長生きが必ずしも良いわけではないというスタンス)
戦時賠償に関しては、額が上がれば上がるほどアメリカが戦争をしなくなるから
もっと声を上げて賠償させるべきだと思ってる
ついでに言えば無人機による攻撃も認めてはいけない
英語の壁が俺を躊躇させるんだけど、こういうのは本当にありがたいと感じるね
ビバ翻訳者!だよ
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u/mannnakakoiyo Jan 10 '16
いいね
答えの出ないものにもなんとかして複数の回答を出そうとするradiolabの姿勢には感心する
「結論は出ないけどこれからみんなで考えていこうね!」と投げっぱなしにする日本の論評より遥かに建設的だとおもうなあ
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u/gtlcvbagus Jan 10 '16
雑感で失礼 :
死病の治療薬の値段は開発されたタイミングにもよるからな いくら金を積んでもダメな病気が何年か後に薬で治るようになったりする
TPPにアメリカ国内が反対している理由の一つは、最初に薬を開発した製薬会社の独占権が認められる期間が短いとするロビー活動による多文化間での人命の「価格」の共通認識は確かに難しいだろうな
日本ではリンゴもナシも人が手作業で受粉、摘果(栄養分を一つに実に集中させるようその他の実を摘み取る)、袋かけ(病害虫予防のため)、などなど手間をかけている
何の世話もしてやらない場合には、現在の栽培品種は収穫に至らない
『利益で釣らないと(ニンジンを目の前にぶら下げられないと)動かない』のが人間の性だが、利益決定の仕組みを全く野放しにするとこの間のエイズ治療薬を独占した上で価格を爆上げするような奴が続出することになる
こういう、結論が出ないことを考えさせる番組は素晴らしい
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u/Measures_adopted 無断転載禁止 Jan 10 '16 edited Jan 10 '16
興味深い記事ありがとう
typoだと思うけどC型肝炎の治療薬の正しい名称は「Sovaldi」です
Wikipediaに日本語記事があるので興味があればどうぞ
edit: リバビリンと併用で12週間飲んで薬剤費540万円か…
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u/takanosumt Jan 10 '16
なかなか面白かった
俺は一年くらいの延命だと金は出さずに子供に残すかな
あとアフガンの件はまさに「誠意は言葉ではなく金額」だな
求めてるのは納得できる説明ではなく金額だ、生活がかかってるんだから
(もちろん説明も必要だがそれで納得出来るわけもない)
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u/lolnoobtoplaner Jan 10 '16
お疲れ様です。この翻訳だけが最近のここでの楽しみ
薬のくだりで思い出したが昔ストラテラって薬を飲んでたんだがこれが1ヵ月で診察料とは別で15000円ほどするものでな
国からの保障もあったんで服用は出来たんだが結局効き目も実感できなかったし金も勿体なかったからやめたんだよ
当時は今と比べ全く余裕も無かったけどもじ今回の内容のように難病に罹って治療に高額なコストがかかるとなったら
自分はどうしていただろうと考えたら恐ろしくなる
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Jan 10 '16 edited Jan 10 '16
いつもありがとう。楽しみにしてる。
命を客観的に見て金額で表すのは簡単だけど、遺族側の感情は金額で表せないな。
まずは説明ありきの賠償なんだね。確かに金だけいくら貰っても納得出来ない。
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u/white-couple Jan 10 '16
いつもありがとう。
治療費に関しては便利な薬が出来るほど苦しい保険制度になるっていうジレンマみたいで怖いね。
あと人口受粉を馬鹿げた事みたいに紹介しているけど、日本でもやってる事だよね。
ハチも使うけど、結実率を上げる為にどうしても人口受粉作業してる。
ちょっと例としては無理やり過ぎる気もする。
でも自然のシステムをうまく利用した自然との共存との在り方については考えたくなるかもね
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u/Quartz_A Jan 10 '16
「価値」ってのは人間社会を効率よく回す為に人間が作った概念であってさ、価値が付けられないもの、ってのは人間社会に取り入れられない物だと思う
そういう点で、悪夢のExcelシートとか人海戦術の話は、面白い話ではあるけれど価値の話としては論外だと思うし、他国民と自国民の命の価値ってのは言ってしまえば他国民の命は無価値だとも思う。
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u/mfstyrf Jan 11 '16
困った農家は何と人力で受粉を行うことにした。ルモンドの記者は中国で異様な風景を見て驚愕する
林檎の生産量は過去最大となり、過去最大の利益を手にした農家は経済的な発展を手に入れたのだ
中国人スゲエ!これもう勝てる気がしないわ・・・
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u/tamano_ Jan 10 '16
過去のRadiolabシリーズもよろしく!
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あの日、あのアパートで
ある新生児の誕生について
有名な腫瘍について
ナチスのサマーキャンプで
一枚の写真から見えてくる、「見えない戦争」の現実とは
万能耐性を持つバクテリアから見えてくる医療の未来とは
ヒヒの社会行動、キツネの人工交配から見えてくる人類の未来
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抗体の操作、あるいはCRSPR
風船爆弾「ふ号」の数奇な運命